メとハ

雑感から世界をつくる試み

ニュー・シネマ・パラダイス ジュゼッペ・トルナトーレ

あまねく主人公と名脇役は、等しく群像の一部である。
時代があり、社会があり、街があり、家族やすれ違う人々があり、
その中のたったひとりの小さな人生が、物語として切り出される。

だからこそ、小さな人生は大きな流れに回収される。

トリミングされたキスシーンたちも、元は誰かの小さな人生の一部。
一度は解体された物語たちは、アルフレッドによって繋がれることで、
別の物語の中で息づきはじめる。
そして、トトにとって特別なものとなったキスシーン・リミックスは、
あくまであの時代の要請が作り出したもの。

そう、映画とは、そうした
解体と再構築の螺旋を繰り返していくもの。

そういう映画の構造と歴史を肯定するために、
そうした構造と歴史を真正面から主題として捉え、反復する。

映画を愛し、映画のために生きた男を通して、
映画への愛と、映画が愛される街と社会と時代を描く。
その構造こそが映画そのものである。

ニュー・シネマ・パラダイスを貫く精神は、
それがオールドとなりクラシックになった今でも、
どこかで息づいているのだろうか?